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学校の危機を乗り越えるには授業しかない
―達人教師・前田勝洋の学校行脚・その13―

1 参加度の高い授業をめざす
2 授業者と一緒にやった公開授業
3 新しく赴任された激辛口のN教頭先生
4 授業協議会でのS先生の涙
5 流汗悟道としてのN教頭先生の存在
6 新たなる出発――再度の授業参観


1 参加度の高い授業をめざす

 私が退職してから,一番長く継続的にかかわってきた学校の一つにT中学校があります。私が最初にお目にかかったK校長先生は,すでに退職されています。K校長先生の口癖は,
 「中学校は授業から逃げています。こんなことでは,教師本来の仕事から,教師自身が逃げていると言ってもいいでしょう。」
 「だから,前田先生の授業論の中にある参加度の高い授業をめざすのです。『生徒が授業というバスに乗ること』『見つけ学習を中学校でも実践すること』こそを,この学校での柱にしたいということです。」

 K校長先生は,生徒たちと実に気軽に雑談をされています。話好きというのでしょうか,気さくな声かけで,生徒とも近い存在の校長先生です。もちろん生徒の名前をよく知ってみえました。

 私自身,現役の頃に中学校教師の経験がないではありません。しかし,中学校で本格的に,「参加度の高い授業」「見つけ学習の実践」を試したことがなかったのです。だから,私の「お勧め」として広めるほどの自信はありませんでした。そんなことを見透かしたように,K校長先生は,「大丈夫です。私がほれ込んだ授業論ですから,どうか前田先生応援してください」と逆に励まされる始末でした。

2 授業者と一緒にやった公開授業

 初めてその学校で,授業公開をしたのは,それからすぐのことでした。社会科の授業です。その学校で軸になっているP先生の授業でした。こんなときにも,若手に授業を丸投げするのではなくて,「本校の切り札のような教師」で授業公開をするところに,K校長さんの思いの強さを感じたことです。

 参観したその授業での生徒の雰囲気は,やや硬いものがありました。でもどこか,とても真面目な雰囲気が漂っています。
 一人ひとりの生徒の顔を見渡しながら,私は,自分もこの授業をP先生と「一緒に参加してやろう!」と思っていました。
 「授業参加」は授業への介入でもあります。一つ間違うとP先生への生徒の信頼を損ねる事態になりかねません。私もいい加減な出方は許されません。一気に私自身が緊張の度を高めていきます。

 私は,こういう心境がとても好きです。ビリビリするような境地に自分を置いて,授業者と同じ当事者意識を持って挑む授業に,たまらない高揚感を感じるのです。
 その授業で,私は,生徒たちに向かって言いました。「今のP先生の言われたことを考えることは,この授業の大きなハードルですね。今P先生の言われたことを,みんな本気になって考えて自分が迷っていたら,なおさら授業に参加して挙手発言をしてください」と。
 しばらくの時間をP先生ともども待ちながら,生徒の自発的な授業参加を期待していきました。

 生徒の真剣な学習対象への向かい合いをひしひしと感じたことでした。その授業は,この学校で,P先生と私が悪戦苦闘して行った「原点」になるような授業になりました。

 その後は,熱血漢のN先生が国語での公開を積極的に申し出ました。それにも私は「参加」を前提に授業公開に臨みました。?校長先生は,このT中学校の礎を築いて退職されたのでした。

3 新しく赴任された激辛口のN教頭先生

 K校長先生の後任は,その学校で教頭先生だったM先生でした。K校長さんが築こうとする信念や具体的な実践論を一番理解している人です。そして,教頭先生には,N先生が赴任されたのでした。
 N先生は,激辛口先生です。厳しさも人一倍。でも職場の先生方ととことん勝負する面倒見のいい教頭先生です。そのN教頭先生が,どんな激辛口先生であり,その一方で面倒見のいい温情先生であるかを,一つの事例を通して,みなさんに紹介したいと思います。

4 授業協議会でのS先生の涙

 「今前田先生が,S先生に言われたことは,ひとえに私への叱咤激励だと思っています。」「S先生の問題点は,そのまま私の責任です。」N教頭さんが,そういうことを言った途端,S先生の目から大きな涙の粒があふれたのでした。

 それは,30歳を目前にしたS先生が中学2年理科の授業を公開したあとでの協議会のことでした。私は率直にかつ手厳しく,S先生が授業以前の問題として,生徒への向き合い方について,指摘しました。「S先生は,もっとけじめある授業をしないといけない」と言うような内容のことを言った後に,冒頭の教頭さんは話し始めたのです。

 S先生は真面目を絵に描いたような好青年です。しかし,教師として生徒を掌握しているかどうかと問えば,明らかに抜けている,生徒になめられている状況をその公開授業は示していました。

 私はS先生が授業の中で,鹿とライオンの頭骨を借りてきて,その構造の違いから,草食動物と肉食動物の特徴を「見つける」学習に胸をときめかせながら,臨んだのです。ところが,授業は生徒の集中度の低い散漫とした授業になっていました。生徒の私語やなんとも冷やかな態度に現れた授業での生徒の振る舞いが,「生徒に信用されていない」そんな印象を強く私は感じ取ったのです。

 ・生徒の目をしっかり見つめて授業を進めること。
 ・教材の提示をしっかりていねいにすること。
 ・「見つける」活動をしているときの机間指導は個別指導的にすること。

を中心に,私はできるだけ具体的に話しました。私としては,S先生の公開を讃えながらの上滑りの話で終えたくなかったのです。

5 流汗悟道としてのN教頭先生の存在

 「前田先生,私は今この学校が危機的な状況にあると思っています。」「教師の年度による入れ替わりが激しくて,荒れた学校の頃の教師がいなくなりました。だから免疫力が低下してきていると思って,危機感を募らせています。」「その危機を排除するには,授業改善しかないというのが,私の主義です。だから今は若い教師をこれでもかとしごいているのです」とN教頭先生は,私に会うたびに言われました。
 事実,N教頭さんの動きは,厳しい「しごき」のような辛口の指摘で教師たちに向かい合っています。しかし,若い教師たちは,決してそんなN教頭さんに反発することはありませんでした。むしろ,くっついて離れないようにして学んでいる姿が印象的でした。

 そんな中の一人にS先生がいたのです。彼は,一生懸命やっていると自分は思っているのですが,どこか「生徒が見えていない」のでした。N教頭さんは,そんなS先生に寄り添うように,指導をしてきました。何度言っても,授業の中で瞬時にやりきれないS先生の振る舞いにほとほと悩むN教頭さんだったのです。
 新しく理科の「進化の歴史」のこの単元に入るときにも,じっくりと若手の教師たちとN教頭さんとの教材研究会が何度も持たれたのです。日頃の授業の進め方についても,N教頭さんには頭痛の種でしたから,手取り足取りのフォローを怠らなかったのです。
 しかし,そんな懸命な「指導・助言」があっても,当日の公開授業はまるで「無残な授業」になったのでした。授業協議会で,N教頭さんは,悲しみにくれるように,自分が指導力を発揮できない「おろかさ」を語られました。会場は静けさに凍りついたようになりました。

6 新たなる出発――再度の授業参観

 S先生の授業に関しての,協議会でのN教頭さんの言動のすべてにみなぎる「責任という泥をすべて自分がかぶる」覚悟に,みんなは震えるほどの衝撃を覚えたのです。「ぼくたちは,もっともっと本気になって,真剣になって切り込んでいかないといけない」それが若い教師のみならず,その職場の教師たちの意識として,大きくなっていったのです。

 N教頭さんは,相変わらず辛口のトークで厳しく指摘します。でも誰もそれには文句を言いません。それはN教頭さんが親身になって遅くまで残っている教師の面倒を見ているからです。「オレが納得するようになるまでは,授業をすることはならん!」そんな悪態に,むしろ若い先生たちは,心強い味方を得たようにがんばりだしたのです。

 学校には,怖い存在のリーダーが必要です。それでもそれは「怖さ」だけではいけないのです。ほんとうに親身になって苦楽を共にする,親分のような存在感のあるN教頭さんのような存在こそが必要です。

 年度末になったある日,再度S先生の授業を参観することになりました。前と同じクラスでの授業でした。それもN教頭さんの配慮というか采配です。彼がどれだけ「授業を成立」させることができるようになったか,それを「前田先生に見てもらったらいい」ということで,行いました。
 その授業は,授業の内容よりも,S先生の表情が大きく変化したことを感じさせるものでした。なんだか,前の授業のときにはない「明るさ」と生徒の反応に敏感に応じる姿が見られたのです。「S先生,生徒とコミュニケーションできるようになったね!すごいよ」と私。N教頭さんもうれしそうです。

 まだまだ稚拙な部分はいくつも指摘しました。それでも大きな山を乗り越えたS先生の授業を参観しながら,「一人の教師の成長は自分だけではでき得ない,N教頭さんの存在を抜きにしてはあり得ない」と思ったことでした。

 K校長先生の播かれたタネは,こうして,後輩に受け継がれ,花開いているのでした。






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