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私は「実感的学び」を模索する教師たちを応援したい
達人教師・前田勝洋の学校行脚・その19

 1 「イカを解剖する」理科の授業を構想する勇気ある教師
 2 実感する生徒のつぶやきに感動!
 3 理科離れへの警鐘
 4 本物「東日本大震災」に向き合う社会科の授業
 5 身につまされて考えを深める子どもたち
 6 本物に向き合う授業の創造を


1 「イカを解剖する」理科の授業を構想する勇気ある教師

 それは,T中学校の2年生の理科の授業でした
 単元「人体のしくみとはたらき」の中の一つの授業として,人間の体のしくみと比較しながら,「イカの解剖」に生徒を挑戦させたのです。

 いまどきの中学校の授業は,悪く言えば,「教え込み中心」の授業が多く,実験や観察を省略してバーチャルな絵図や表現で,生徒に学習内容を習得させているのが「ふつう」です。
 絵図や模式図もカラー表現で,実物と変わらない本物感もあって,多くの教師たちもそれに慣れっこになって,そんな授業づくりに安住していると言っていいのではないでしょうか。

 「いかに教科内容を生徒たちに,きちんと理解させるか」ばかりに目がいく教師たちを私は非難することもできません。
 現場の苦悩は,教科書の内容をいかに効率的に,混乱なく「理解させるか」に力点が置かれているのですから。それは入試を含めた現場へふりかかる苦悩でもあります。

 そんな中で,T中学校のN先生は,「すべての単元や授業で実験や観察を行っている余裕はありませんが,ここぞというところでは,『実感的な学び』を体感させたいと思っているのです」と言われます
 それが今回の「イカの解剖」という授業につながったのでした。

 N先生は何を解剖に使うかであれこれ迷いながらも,「イカの解剖」に行き着いたのです。女生徒の中には,料理でイカを扱った生徒もいるかもしれません。
 「ふな」などの魚を解剖する手もあるでしょう。しかし,N先生は比較的簡単に内臓の様子を見ることができる「イカ」を選択したのでした。

 解剖の授業は当然のことながら,理科室で行われました。生徒二人に一杯のイカが用意されていました。
 N先生は,実物投影機で,自ら基本的な解剖の順序を示して,「さあ,今から20分でこのイカの解剖を二人で行ってもらいます。実際に自分が模式図から予想していた実物の手触りや様子をじっくり体感してくださいね。このイカはみんなの勉強のために,犠牲になってくれています。どうぞじっくりそれに報いる勉強をしてください」と指導して始められました。

 私がその光景を参観していてうれしかったのは,中学2年生の生徒が男女二組で解剖に挑む光景です。
 N先生は「男子は男子,女子は女子でやったほうがいいかなとも思いましたが,このクラスの成長度を私は信じているので,男女共同作業を行うことにしました」と言われました。
 ここでも理科の授業の枠の中で考えることだけではない,学級の人間関係を築こうとするN先生の願いをお聴きするようで,とても私は心打たれました。

2 実感する生徒のつぶやきに感動!

 私は参観するのにあたって,一つのペアの解剖作業をつぶさに参観したいなと思いました。

 生徒たちはおそるおそる鋏を入れていきます。表皮が半分に切り分けられて,内臓が露わになりました。
 「ほう,こんなになっているのか」と男子生徒。「肝臓って,大きいだけではなくて,重いよね」と女生徒。男子生徒も肝臓を持ち上げて比べます。
 「アレ! 胃の中にエビがいる!」男子生徒の大きな声。確かにエビのような小さな生き物が胃の中に半分形を残しながら,入っているのです。イカの好物のオキアミです。

 男子生徒は,黒い口ばしの硬さに先ほどから関心が集まっています。
 「ここから食べ物を食べたんだ」「それにしても長い食道だなあ」
 女生徒が口ばしにストローを入れて空気を入れました。そうすると食道がなんとなく風船のような細長い膨らみをして,胃や腸の方まで膨らんでいきます。
 「ああ,こうやって,食べ物の通り道が,できているんだ」そんなつぶやきに,女生徒は,「こんなに弱々しい食道なのに傷つけられずに,よくエビが胃まで運ばれるのかしら」と言ったのです。それに呼応するかのように男子生徒が「オレも自分の食道はこんなになっているとしたら,これからよく噛んで食べ物を食べないといけないなあ」と言いました。

 私はその二人の生徒のやりとりにたいへん心打たれました。
 そこには,N先生がこの授業に託した願い「実感的な学び」をまさに行っている二人の生徒のやり取りがあったからです。それはバーチャルな絵図や写真を見ていては,とうてい実感できないことです。

 解剖作業は,その後も続いていきました。どのペアグループも息を飲む光景を生み出しながら,行われていきました。

 私は最初から参観していたペアが,食道を手にとったり,空気を入れて膨らませたりする中で,「こんな弱そうな食道なのに傷つけられないのだろうか」と案じつつ,[人体のつくりやしくみにつなげながら,実感していった]そのやり取りに,「ここにはまさに実感的な学びがある!」と強く感じることができたのでした。

3 理科離れへの警鐘

 理科や社会科のテストをすると満点に近い点数を取るのに,「理科が好きか」「社会科に興味があるか」と問えば,「いや理科も社会科も覚えることが多くて,嫌いです」と言う生徒たち。
 それだけではありません。国語の古典を味わう授業を思い返してみましょう。
 「春はあけぼの,……」「祇園精舎の鐘の声……」などと暗記をしたことがありました。でも何かしら,違和感のある難しさだけが,思い出に残って,「古典に親しむ」「古典を味わう」世界からは程遠かったように思うのです。

 満点に近い理解度を示しながら,「理科嫌い」「社会科嫌い」「国語嫌い」を生み出している今の日本の授業の在り方には,憂慮しないではおれません。

 それは,知識を提供する理科教育には熱心であっても,「本物との出会わせ」や「ていねいな実験・観察」を手抜きしている授業現場の現実があるのではないでしょうか。

 もっともその多くの教師たちが,「それでよい」とは考えていないでしょう。ほんとうは,「イカの解剖」に匹敵する実験や観察をしたいと思っているかもしれませんから。でもバーチャルな授業法の提示の仕方も手伝い,入試のためもあって,安直な授業法が蔓延している現実を憂うのは私だけでしょうか。

 イカの心臓の小ささに,「こんなに小さいのが生命を維持する大きな役目をになっている」「墨袋を開くと,こんなにも液体が出てきた」「イカの体はこんなにも弱々しいけれど,これで海の中を泳ぎまわって生きているんだ」という実感的な感動は,きっとこの生徒たちに大きな衝撃となって,「生命の不思議」を実感させることになったと思わずにはおれませんでした。

4 本物「東日本大震災」に向き合う社会科の授業

 N先生の「いつもこんな授業をする授業は計画できません。しかし,一つの単元で一回は,「理科ってこんなにも不思議な現象を見ることができる」ことを体感させたいのです」という言葉が私の脳裏深く刻み込まれました。

 こうした誠実な授業実践を行っている教師に出会うと,私の心は震えます。

 K小学校の社会科の授業を参観しました。6年生の公民的な分野の学習です。小学校6年生の社会科の授業は,とかく「日本の歴史」の学習が中心で,公民的な学習が「軽く扱われる」傾向があることは否定できません。

 この学校で6年生を担任しているU先生は,美術免許を持つ教師です。「私は覚える社会科の授業ばかりしか体験してきていないので,なんとか少しでも本物に接する授業をしたいです」ということで,「東日本大震災」を取り上げたのです。

 東日本大震災にあった人たちにしてみれば,それは「教材」としてだけの存在ではありません。肉親や家や事業所が壊滅的な被害をこうむったのですから身近に被害者に関わる子どもや保護者のみなさんもいることでしょう。軽々しく扱える問題ではないのです。

 ただU先生は,6年生の公民的な分野を教科書を「読んで終わり」の授業にしたくなかったと言います。
 まさに今日本中が危機的な状況に直面しているこの機会に,この教材を取り上げることは,絶好の学びのチャンスととらえたのです。

 U先生の単元名は「わたしたちの願いを実現する政治−災害から人々を守る取り組み−」です。
 U先生は,授業を行うにあたって,次のように書いています。

 「子どもたちは,夏休みに東日本大震災の実情について,『ひとり調べ』をしている。現在も続いている復旧活動が,連日テレビや新聞で取り上げられているために,身近に感じている子どもも多い。
 震災の実情を調べる中で,被害の大きさや人々の生活の様子,人々の願いを確かにしていった子どもたちは,それに応えるために,子どもたちの住んでいる市でも災害復旧のために,多くの人々が活動していることを知った。
 そして,実際に救助に携わった市内在住の中野消防士さんとその奥さんの話を聴く体験をさせた。

 この授業では,まず話を聴いて感じたことを出し合う。そして,中野消防士さんの『仕事として被災地へ行くことの使命感』を確認する。続いて中野消防士さんの奥さんの話から,『一番身近な存在である家族が,ほんとうは被災地へ行ってほしくなかった』ことを確認し,災害救助に対する両者の気持ちの温度差について気づかせたい
 そして,災害救助に関わる人たちの様々な思いを多角的にとらえさせたい。さらに,子どもたちには,災害やその復旧活動について自分だったらどうするかを考えさせ,切実感をもたせたい。

 最後に様々な人たちの思いが交錯する中で,国で定められた災害救助法によって,災害救助がなりたっていることや,多くの人々の活動によって,災害から私たちの生活が守られていることに気づかせたい」

 それはU先生の「祈り」のような願いを含めての実践活動であったのです。

5 身につまされて考えを深める子どもたち

 子どもたちは,消防士として特命を受けて現地で必死の活動をしてきた中野さんの一言一言を聴き逃すまいと目をこらしたのでした。
 また,中野さんの奥さんの「どうしようか,だいじょうぶかと迷っていたけれど,やっぱり行って無事に任務を終えてきてほしいと祈るような気持ちだった」という言葉を聴いて涙ぐむ子どもたちも出てきた。

 そんなお二人の話を聴いて,感想を述べ合う子どもたちの姿は,真に迫って,真剣さを表出していたのでした。

 U先生は言います。「社会科の授業は暗記することが多い」「しくみや制度ばかり,人名を覚えることに終始して……」と。子どもたちに「学ぶ意義」がほんとうの意味で伝わっているだろうかと案じるのでした。

 この「東日本大震災の授業」は,区切りとしては終わっても,U先生の教室にはつねに壁新聞が貼られ,話題を追求する子どもたちの姿がいまだに続いているのです。それは少し大げさな言い方になるかもしれませんが,U先生をして「一生涯考えて行くテーマ」なのです。

6 本物に向き合う授業の創造を

 あの理科のイカの解剖の授業をしたN先生は言います。
 「いつもこんな授業をする授業は計画できません。しかし,一つの単元で一回は,『理科ってこんなにも不思議な現象を見ることができる』ことを体感させたいのです」
 心に残る言葉です。

 その言葉が私の脳裏深く刻み込まれました。来年度から中学校の教科書がまたまた厚くなるとか。ほんとうに大丈夫なんでしょうか。
 私にとって,改めて日本の教育現場で大切にされなくてはならないものを教えられた授業参観だったのでした。
 今こそ「理科好きな生徒」「社会科好きな生徒」「数理の美しさ」に共感する生徒の輩出する授業をしてほしいと願うばかりでした。





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