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生徒に「人間の生き方」を問い続けるI先生
達人教師・前田勝洋の学校行脚・その16

1 生徒の実態を正面にすえる教師の実践姿勢
2 「国道419号線歩道橋と私たちの暮らし」を問う授業を構想する
3 講師歴5年で教員に
4 「教頭先生,授業の仕方を教えてください」
5 本気で授業にも学級づくりにも,部活動にも向き合う


1 生徒の実態を正面にすえる教師の実践姿勢

 私は,ここに一つの社会科学習指導案の「5 単元のとらえ方 (1)生徒の実態」を引用しようと思います。それは,その文面に,生徒たちを丸ごととらえて,学級づくりをしながら,中学校の社会科の授業実践に打ち込む稀有な教師の姿を見ることができると思うからです。

 「……(前略)……9月中旬の体育大会を前に,気になる二つの状況があった。一つは,みんなで学級旗を作ろうと呼びかけたところ,集まったのは学級の中心的存在である4名であり,絵が得意で時間的にも余裕があり,来るであろうと思っていたR子ら,数名の女子が来なかったことである。もう一つは,学級の応援練習をしたときである。K男を中心に,学級の中心的存在である男女8名が,応援歌を考えた。みんなで練習をしようというときである。先の8名は前に出て,範を示しながら,一生懸命盛り上げようとするが,他の生徒はついてこない。立って応援しようとはしているが,「早く終われ!」という雰囲気が漂っていた。応援練習の感想をR子に聴いたところ,「勝手にやっているという感じ。このクラス嫌だ。別に盛り上がらなくていいし……」とつぶやいた。

 2学期に入り,学級の人間関係が安定してきたこの頃,上記のような温度差を感じるのである。一見,何事にも一生懸命学級全体で取り組んでいるようでありながら,実は一部の生徒を除いて,白けた雰囲気が蔓延しかかっているのである。・・・(中略)・・・36名全員がより主体的に生き生きと活動する学級にしたい。今の個人個人の生き方を問うような実践をしていかなくてはならない」

 私は,久しくこのような文面を綴る学習指導案にお目にかかっていませんでした。きわめて新鮮な「生徒を育てたい」それも丸ごとの生徒と正面から格闘したいという信念に満ちた指導案に出会ったのでした。

 少なくとも,私たちの若いころには,「問題解決学習」とか「生活の深化が図られてこその授業でなければならない。教科の内容を教えることで授業を終えてはならない」は定番であったと思うのです。

 しかし,今の中学校教育は,このI先生のように,学習指導案に生徒の実態論を悠長に述べることはありません。「生徒の生活の質を高める=学習の習得」とは考えていないのです。社会科という教科に限らず,「いかに学力をつけるか」に腐心している教師こそがせめてもの誠実さのある教師として評価されている世の中なんです。それが,このI先生はまるで絶滅危惧種のような教師魂を持っていると言っても過言ではないと思います。私には強烈なインパクトを与える出逢いになったのでした。

2 「国道419号線歩道橋と私たちの暮らし」を問う授業を構想する

 I先生は,社会科担当の40代に突入したばかりの教師です。彼は数年前まで小学校に勤務していました。その頃の彼は,学級担任イコール授業担当ということもあって,多少融通をつけて,社会科の授業を積極的にやっていました。
 彼の願いは,子どもたちが,学習対象に多面的に迫り,多角的な面から,考えを煮詰めていく子どもを育てることにありました。

 ところが中学校に異動して,彼のやりたい社会科の授業がやれない現実に当面したのです。中学校は,教科担任制であり,裁量のきく時間配慮はありません。そのうえ,中間試験,期末試験と,それぞれの区切りで学習範囲を設定して評価していかなくてはなりません。多くの情熱を持って教科指導に当たろうとしてきた教師たちは,まずその壁の厚さと高さに挫折します。

 いつの間にか,教科書を教え込む授業に終始します。高校受験も控えていることを直近の目的として,「受験対策」のような授業に終始します。それは,I先生も同じことでした。

 それに加えて,生徒にやる気が見られない,教え込みを期待して考えることを面倒がる,何より進度を気にする,など,I先生の描いている授業像には程遠い条件ばかりになるのです。「中学校の授業はそんなもんだ」と割り切ってやることにしてしまえば,それで身軽に教えることも可能でしょう。でも,I先生は,たとえ一単元でもいいから,子どもたちが切実感を持って挑む,多面的,多角的にああじゃないか,こうじゃないかと考えを言いあい,聴き合う授業がしたいと念じてきました。

 3年生の公民的分野で,彼は,その一単元に「国道419号線の陸橋歩道橋の建設を巡る問題を考えさせたい」と教材構想を温めてきました。

 学校から200mのところを通過する国道419は4車線化に伴って,歩行者の安全を守るために,歩道橋を設置する動きが生まれていました。しかし,その設置には,住民の思惑もからんで,必ずしも賛成多数で設置が決まったのではなかったのです。それは今も現在進行形の形で,問題化されていました。

 それを自分の教科で取り上げてみたいと思いました。学校全体の理解を得ながら,教材化を急ぎました。一つの公共事業が成立するためには,「対立と合意」「効率と公正」とが行き交います。その実態を生徒のインタビュー学習を軸に,進めていきたいと考えたのでした。

3 講師歴5年で教員に

 I先生は大阪生まれです。彼は大学を卒業するとき,「教師になりたい」と強く願っていました。大学生活では迷わず教職単位を取得して,受験したのです。しかし,結果は不合格でした。「今は教員採用氷河期だから仕方がないよ」そんな周りからの励ましとも慰めとも思える言葉に,「自分も講師を続けながら,毎年の試験に挑戦しよう」としたのでした。

 ところが,常勤講師で,担任生徒を持って,学級経営や授業をしていると,もう毎日の生活がいっぱいいっぱいの現実です。それに加えて彼は,講師であっても,「教師のやりがい」に夢中になったのです。いきおい受験対策はおろそかになりました。

 次の年も,また次の年も不合格が続きました。周りの同僚の講師の中には,晴れて合格通知を手にしていく人もいました。彼の気持ちにはただならぬ焦りが渦巻いていました。

 4年目に,愛知にきました。愛知に来て講師を相変わらず続けながら,受験対策をしていったのでした。「教師になりたくて,続けている人には,必ず吉報が来るから,がんばれよ」と励ましてくれる先輩教師の言葉を胸に,5年目は,とうとう常勤講師を辞めて,非常勤講師をしながら,受験一本に絞りこみました。

 その年,努力の甲斐あって,とうとう念願の二次試験合格通知を受け取ったのです。
 今思い出すと,「この5年は長かったです。おれはもしかしたら,このまま永久に受からないのではないか」という恐怖感に襲われたこともしばしばでした。でも子どもたちとの授業をしたり学級づくりをしたり,部活動に汗を流していたりすることは,大好きでした。「仕事」以上の歓びがわいてくるのでした。

 彼は翌春,小学校の新任教師として,赴任したのでした。

4 「教頭先生,授業の仕方を教えてください」

 新任教師として赴任して,2年間はあっという間に過ぎました。授業がおもしろかったということよりも,児童会活動を任されたり,部活動でサッカーの顧問を任されたりして,充実した日々だったと彼は回顧します。しかし,授業は,教科書を教えていけばいいんだと思って,軽く考えてなんとかその場を過ごしていました。

 3年目の春,教頭先生に女性のH先生という方が赴任してこられました。授業実践にたいへん堪能な方だという評判です。I先生は,かなりいやな気分になっていました。自分の苦手なことをきつく指摘されるのではないかと恐れている気持ちがあったのです。

 でも不思議なことに,歓送迎会のときに,「教頭先生,授業をやってこなかったので、授業を教えてください」と自分から言ってしまったと言います。なんでそんな気持ちになったのか,今でもよくわからないと苦笑して言います。

 次の日から教頭先生は,I先生の教室に必ず来られるようになりました。教室の後ろに腰掛けて,じっと授業を参観されます。授業後には,その授業についての具体的な指摘がなされていきます。「I先生,明日の国語の授業は,こんなやり方でやってみてくださいな」と指導案らしきものを手渡されました。そこには,授業の初めに何をするか,途中でどんな発問をするかが具体的に書いてあります。I先生は,「はい」と返事をして,ただ教頭先生のロボットのようにやるだけ。ところが,授業をそのとおりにやると,子どもたちが目の色を変えてやるではありませんか。なんでそういう子どもたちになるか,それはI先生には皆目見当もつきません。「だまされたと思ってやってみることよ」と言われる教頭先生の神通力なんでしょうか。I学級の授業は見事に変身していったのでした。

 ある時,教頭先生が,「あのね,前田先生という人がみえるけれど,一度あなたの授業を見てもらおうと思うんだけれど,いいかしら」と言われます。I先生には,それがどんなことかはわかりませんが.「はい,やります」とここでも一つ返事でしてしまったのです。当日は,6年国語「宇宙からツルを追う」授業の一場面を,全校参観の中で公開したのでした。あとの協議会では,参観者からいっぱい賛辞の声が寄せられて・・・・彼は戸惑いとかなりいい気分になって,授業公開した充実感を味わっていました。

 「あの頃,ほんとうにぼくは授業のなんたるか,わかりませんでした。第一話し合い聴き合いの授業と言っても,ピンとこなかったです。でもいままで下を向いていたり授業参加していなかったりした子どもたちが,生き生きして授業で挙手することは,自分でも『これが授業というものか』 と目からうろこでしたね」

 それから3年間,彼は,職場全体の授業実践への高まりの中で,中心的な存在になっていったのでした。「何が何だかわからなかったかけれど,教え込むことだけが授業ではないのだ,子どもたちの考えを引き出すのだと思うようになりましたね。みんな教頭先生に教えてもらいたくて,先を争って授業を見てもらったり,授業後の話し合いに参加したりしていました。忙しいという気持ちはなかったです。むしろ充実感でいっぱいになり,やっと授業実践がおもしろくなってきたですね」I先生は,懐かしむように語るのでした。

5 本気で授業にも学級づくりにも,部活動にも向き合う

 中学校へ転勤した一年目は,戸惑いの連続であったと言います。「中学生はほんとうに自分を正当化する反面,冷めた視線を投げて・・・生意気盛りの口答えを平気でします。何事にも積極性に欠けて,タバコを吸ったり,バイクに乗ったり,反社会的な行動にもたぶんに関心を持っています。何を言っても反応なしには,さすがにぼくも疲れ果てましたよ」一年目は悪戦苦闘だったようです。

 そして,結局「学級づくりだ」「生徒一人ひとりとのかかわりだ」ということに行き着いたのです。それは小学校では当たり前のようにやっていたことです。せめて自分の学級ではそういうやり方でやってみようと,2年目を迎えたのでした。

 彼の学級にC君というヤンキーがかった生徒がいました。口は達者ですが,支離滅裂,学級の中での煙たい存在というか,生徒のことばを借りれば,「うざい」存在な生徒がいました。その彼も社会科の授業だけは,なぜか関心を持って意見をいったり資料を調べたりします。そこで唯一I先生は「つながっている」ことを感じていたのです。<少しは彼もオレの手の内に入ってきたかな>と思ったことでした。でも相変わらず言動不一致もはなはだしく,学級のもめごとの火元は彼にありました。

 3年生になって,「419号線の歩道橋と私たちの暮らし」に記した実践を社会科でやり始めた頃,その一方で合唱コンクールが行われようとしていました。みんな合唱コンクールには燃えるものを感じていました。でもC君は相変わらずそんな学級の雰囲気をぶち壊しにする言動をしばしばするのです。

 I先生は社会科の授業をつぶしてまでして,その問題で急きょ話し合いを持ったこともありました。ある時,そんな状況が再度生まれたのです。そのとき,ふだんはおとなしい女の子が,「あんたがあれこれ言うけれど,そのあんたが一番協力的でないではないの!」と怒りました。それはI先生にも予期せぬ出来事でした。一斉に女子生徒が加勢に出ました。学級が一つになった瞬間だったのです。

 I先生は言います。「授業でも学級づくりでも,教師が本気になって,時には阿修羅と化して,自分の教師生命を賭けて挑んでいくとき,生徒の目覚めがある」「でもそれは確信的な見通しの中でやるのではありません。もう一途なんですね。自分のありったけの気持ちをぶつけるしかないのです。後は野となれ山となれかもしれません」

 国道419の授業は,その後,次第に生徒がほんとうに納得するかどうかで,しのぎを削る授業になっていきました。それは中学校の授業にありがちな「わかった,できた」という次元ではない,市民意識と行政との問題を自分に引きつけて考えさせることになっていったのでした。

 ある生徒は終盤の授業で「多数派の意見に従って丸く収めることでは,反対派の嫌な気持ちは消えないと思う。必要かどうか,歩道橋があってほしいかどうかは,個人によって異なってしまうことだ。それをまとめるのは難しいし,現実に工事が進んでいる・・・「公共の福祉」の意味もわかるけれど,そういう問題じゃないような気がして・・」とつぶやくのです。それは,生徒の次元に問題が迫ってきたことであり,やっと切実感を持って問題に迫る姿勢が生まれてきたと,I先生は,心から思うのでした。


 「ただ高校受験のためだけに,生徒に勉強をさせるのではない。人間としての生き方を学ばせたい」そんな加熱した信念が少しずつ少しずつ実りかけてきた手ごたえをI先生自身が感じるのでした。





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