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どの学校にも素晴らしい教師が!
―達人教師・前田勝洋の学校行脚・その9―

1 不思議なほど優れた実践をするK先生
2 K先生を軸に進む実践活動
3 K先生の非常事態と校長の尽力
4 教務主任となったK先生の仕事を半減。N校長の決断
5 適材適所の人事こそ,学校の活性化をもたらす


 早や,平成22年度も終わりを迎えようとしています。私にとって,いつもこの時期になると思い出す教師,学校があります。それは人事異動に関するエピソードでもあります。

 私が訪問する学校には,どこの学校にも,授業実践の達者な教師がいます。あまり弁舌が立つのでもないし,華やかな教師でもないのに,いざ子どもの前で授業をすると,子どもたちが,実に生き生きと授業参加して活躍をするのです。子どもたちもその先生と授業をすることが,楽しいと言いましょうか,歯を食いしばって頑張ることが張り合いになるといいましょうか,……とにかく充実した学習活動を展開します。

 ここでは,そんな教師の一人を紹介したいなと思います。

1 不思議なほど優れた実践をするK先生

 K先生は一介の担任教師です。K先生が,今の学校へ赴任してきて,もう5年目を迎えていました。

 彼女には,不思議なほど教師として,優れた実践をしていることで,学区内の評判はすごいものがありました。「K先生が担任すると,どんな子どもさんも必ず大きく変わる」ということです。それは決して大仰なことばではなくて,ほんとうに変わるのです。荒れて誰もが持ち手のなかった学年を担当しても,年度の終わりには見違えるような子どもたち,学級が育っていくのでした。

 K先生の偉いなと思うことは,決してそのことを鼻にかけません。むしろ,「私は子どもたちに助けられて,授業をどうにかこうにかしているのですよ」と謙遜しています。そんな謙虚な態度ですから,職場の同僚も,何か授業や学級経営で困っていると,彼女に相談を持ちかけます。彼女は決して嫌な顔をすることなく,真剣に相談に乗るのでした。

 N校長先生は,そんなK先生を,単なる担任としておくにはもったいないと思っていました。「なんとかして将来の管理職の道に進ませてあげたい」と思ったのです。

2 K先生を軸に進む実践活動

 ちょうどその年,K先生の勤務する学校では,市の委嘱で研究発表会をすることになっていました。

 私はN校長先生の要請もあって,その学校に関わるようになったのです。

 K先生は当然のように研究主任として,職場の仲間と実践を研鑽していました。自分も6年生の担任でありながら,他の教師の教室を訪ねて参観しては,若手の教師のよき相談相手になっていました。自分の教室へ,同じ職場の教師たちを招いて授業参観をしてもらって・・・ある時は,その教師の学級の子どもたちを引き連れて,K先生の教室へ授業参観に来たりしていました。

 普通そういうことをすると鼻もちならないということで,敬遠されがちなものですが,K先生の人柄でしょうか,みんなみんな「K先生に学びたい。」「授業をまねたい」ということで,K先生の周りには,いつもいつも人垣ができるのでした。いつの間にか,K先生の実践のすごさを形容して「K先生マジック」ということばが生まれたほどでした。

 私が参観する授業も,その多くは研究主任であるK先生の指導が入っています。私に何でも助言指導を丸投げしてきません。むしろ,私などはいなくても,十分にK先生を軸に,実践活動は軌道に乗っていくのです。K先生は,ただ公開する授業だけの指導助言をするのではなくて,学級づくりの土台や,授業を成立させるための学習規律,学習方法を実に具体的に,仲間に伝授します。

 仲間の教師たちは,K先生の学級の見本があります。その見本を見ながら,K先生の授業づくり,学級づくりの知恵やワザを学ぶのでした。

3 K先生の非常事態と校長の尽力

 その年の研究発表会当日のK学級は,もう人の入り込む余地のないほど,満員盛況での授業公開でした。多くの参観者を感動のるつぼに浸らせて終えたのです。

 しかし,その直後,K先生の身内に次々に不幸が押し寄せてきたのです。K先生のご主人のお母さんが急病になってまもなく息を引き取られたのです。さら続いてK先生の実父がガンに侵されて余命いくばくもないと宣告されたのでした。母親も認知症の症状が出てきたのです。

 K先生には,両親に感謝しても感謝し切れない想い出はありました。それはK先生が生まれて間もなく「この子は股関節脱臼ですよ」と医師から宣告されたのです。当時はまだまだ治療もままならぬ時期でした。母親は,K先生をおぶって整体師を訪ねて根気強い治療をしてくれたのでした。熱心で信仰深い両親は,K先生に「めぐみ」と名付けて,神仏に祈りながらの幼少期であったと言います。その両親が,ガンや認知症に侵されてしまったのでした。

 K先生は,「私はどうすべきか」迷いに迷いました。長い間続けてきた教師の仕事には愛着はあります。しかし,両親や夫の家庭に大きな犠牲を強いてまで続けるほど,K先生は鈍感ではなかったのです。K先生は決意してN校長先生に退職の意思を伝えたのです。それは苦渋の選択の果てのことでした。

 N校長さんは,K先生の置かれている状況に「退職してしまうのではないか」と案じていたのです。それだけに,K先生の決意を聴いたとき,N校長さんは,K先生のご主人に面会しました。K先生自身は,この市内の教師の宝のような存在であることを具体的にお伝えしたのです。また,K先生の両親にもじかに会って,K先生のこれまでの実績を事細かにお話して,「なんとか退職しないで現役でいてほしい」旨を,心をこめてお伝えしたのでした。両親も涙を流して「私たちのことは,行く末も長くない。そのことでめぐみが辞めると言ってくれただけで感謝だ。ぜひ校長先生のおっしゃるように仕事を続けさせてもらってほしい」と逆に懇願されたのでした。

4 教務主任となったK先生の仕事を半減。N校長の決断

 よく年の人事で,K先生は教務主任に登用されました。

 いままでは,自分の学級を通して職場の仲間と学び合ってきただけに,K先生には戸惑いがありました。自分の基盤になる学級がなくなったのです。それに加えて,教務主任という仕事が,いかに書類の山に埋もれる仕事であるかも,身をもって知ったのです。「私には合わない仕事です」K先生は弱音をN校長さんにときどき言いました。N校長さんもK先生が,書類の整理や作成に追われているのでは,教務主任にした意図が崩れてしまいます。

 教務主任は,よく「授業の番人」と呼称されます。しかし現実は,事務屋のようなまさに書類の整理,作成報告などで,忙殺されてしまうのです。「これではK先生の持ち味が生かせない」N校長はそう判断して,思い切ってK先生の教務主任としての仕事を半減すべく校務分掌の改革を断行しました。年度の途中ではあったのですが,そこは思い切っての決断でした。

 それからのK先生は,毎日毎日日課の半分以上を各教師の教室で過ごすことになったのです。それぞれの教師の授業を参観して,その教師の相談相手に徹したのでした。K先生は生気を取り戻していきました。

 私はこの学校にかかわりながら,K先生の卓抜した授業実践力にも感服しました。しかし,そのこと以上に,N校長さんの的確な判断と実行力にも感動したのです。N校長さんのような素早い動きと実践力は,なかなか発揮できるものではありません。教師の持ち味を十分発揮させるかどうか,それは管理職であるリーダーの大きな心得であると,強く思ったことでした。

5 適材適所の人事こそ,学校の活性化をもたらす

 K先生を教務主任に登用しただけでは,学校は機能しなかったと思います。そこに,N校長先生の「適材適所を見抜いた人事運用」があったからこそ,K先生も生かされ,学校も活性化していったのです。

 私は思います。「学校の営業は授業だ」と。学校には四役という校長さんを中心にしたリーダーがいます。そのリーダーの使命は,授業で成果をあげること,授業で子どもたちが伸びることでしょう。そのために職場の人材を適材適所の観点から配置しながら,学校経営をしていかなくてはなりません。

 学校も人事異動の時期を迎えています。

 学校が明るく元気な実践活動をするために,四役が学校の重点目標を具体化して,そのためには,どういう人事展開をしていくべきか,熟慮しなくてはなりません。K先生に対するN校長先生の勇断ある人事を思うにつけて,「人を生かすことの大切さ」を学んだことでした。





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